かつての宿場町で
ひととまちをつなぐ
東海道と中山道が分岐合流する
宿場町として栄えた滋賀県草津市。
いまも、かつての宿場がそうであったように、さまざまな地域性をもったひとやものが集い、ゆるやかに交わりながらひろがる、結節点としての文脈を受け継いでいます。
そこには、明治初頭に前島密とともに、日本の郵便創設にたずさわった山内頼富の旧邸などが残され、住まいとしての役割を終えた後も、たいせつに守られてきました。
これら建物を未来へ守り継ぐため、ひとのつながりを豊かにしようと尽力された山内氏の功績を讃えつつ、その想いの一端を担えるよう、“ひととまちをつなぐ拠点”として、場をひらきます。
エリアマップArea map


歴史をたどるHistory
- 1751
- 1871
- 2007
- 2025

1751年江戸時代
草津宿の宿役人を勤める
山内家は、1751年(宝暦元年)、初代山内孫右衛門にはじまり、1788年(天明8年)に、2代目孫右衛門が問屋役(公用の宿泊者の荷物や、公用の書状などを次の宿場へ運ぶ仕事)を任ぜられて以降、幕末に至るまで草津宿運営を担う要職を代々勤めました。

1871年明治時代
近代郵便の創設に尽力する
1871年(明治4年)、山内頼富は、前島密とともに郵便創設に携わり、その後も近代郵便制度の実施にあたり西日本で中心的役割を果たしました。
1872年(明治5年)、駅逓寮大阪出張所の郵便取締役に就き、駅逓寮においては前島に次ぐ、二番手の地位にあったとされ、1874年(明治7年)には駅逓寮権助に昇格します。
また、頼富の実弟である山内球五郎は、江戸時代の宿駅を引き継ぐ郵便取扱所にて「郵便御用」を請負い、幕末維新の宿駅制度の廃止から大きく変化を遂げる新たな近代交通制度や郵便制度の創設に貢献しました。
大正期の草津郵便局(「近江栗太郡志」巻弐)

2007年平成
東海道草津宿と山内家文書
2007年(平成19年)、山内家の蔵の整理の途中で確認された長持4棹から大量の文書群が発見され、草津市草津宿街道交流館のもと、5年の計画による本格的な調査・整理が行われました。史料点数は約15,000点にのぼり、中でも注目されるのが、前島密から山内頼富に宛てた書簡であり、その内容や文体から、両者の親交の深さを垣間見ることができ、山内の見識を前島が高く評価していたことを物語っています。また、史料の中には幕末から明治期にかけての典籍類なども含まれており、当主が文化人であったと伺い知ることができます。
写真上段:前島密から山内頼富に宛てた書簡(所蔵:草津市草津宿街道交流館)
写真下段:改修前の旧草津郵便局分室

2025年令和
旧山内邸開業
代々の当主によって、長年守り受け継がれてきた旧山内邸は、草津まちづくり株式会社による「東海道草津宿拠点整備事業」として、国土交通省や一般財団法人民間都市開発推進機構の事業採択を受け、地域のひとやまちをつなぐ役割をもった複合施設として、2025年(令和7年)4月に開業しました。
参照:草津宿関係史料調査「草津宿問屋役・山内家文書調査概要」2012年3月(発行:草津市草津宿街道交流館)
よくあるご質問Faq
駐車場・駐輪場はありますか?
施設内に駐車場はございませんので、お車でお越しの方は、近隣の有料コインパーキングをご利用ください。 ※施設周辺の私有地前の駐車は、ご遠慮いただきますようお願いします。
自転車でお越しの方は、施設内にある専用駐輪場をご利用ください。
建物を見学することはできますか?
シェアキッチンやスペースを借りることはできますか?
現在、試用期間のため一般利用の受付をしていません。
ご利用に関する最新情報は、
旧山内邸Instagramおよび当サイトにてご確認ください。
撮影することはできますか?
商業利用でない個人の撮影およびSNS等への掲載のための撮影は可能です。但し、プライバシー保護のため、周辺環境等が映らないようご配慮ください。
一方、営利目的による商業撮影や掲載のための撮影は、事前にお申し出いただき許可を得ていただく必要があります。無断撮影および掲載は固くお断りします。
※なお、現在、試用期間のため、撮影等の利用は受付けておりません。